人生を成功させる最大の秘訣は、自分を愛すること=自愛です。
自愛メソッドは、自分を愛することで人生を成功に導くメソッドです。



2017年8月25日で、自愛メソッドが誕生してから、5年の歳月が流れました。
5周年を記念し「Kさん」より、大作の体験談をいただきました。

原文のまま掲載させていただきます。

Kさん、素晴らしい体験談のシェアをありがとうございます。


 一般体験談ハート



自愛メソッド5周年なので
今日までの自分を振り返ってみよう。その①
「Kさんも、ほんと変わったよね。
 最初来た時は、ガチガチで
理屈こねて、質問ばっかりしてたのにねw。
これはとんとんさんが最近の僕を見るたびに
言うセリフだ。思えば僕がこの「とんとんさん」に
出会い、そして「自愛メソッド」を行うようになってから
4年ほどになる。で、その当時の僕は「ある整体のグループ」に夫婦で関わっていた。そして、そのグループの整体のやり方はちと変わっていた。
ほとんどの人が持つ整体のイメージは
「手で骨の歪みを正す」というものだと思うが、
ここではなんと「波動」を使っていた。波動を共鳴させる事により「骨の歪みを正していた」のだ。
その光景はまさに「奇跡」と言っても過言ではなかったと
思う。
で、ここの代表が説いていた事、それは「利他」つまり
「他人のために生きよう」というものであった。
「他人を救えば自分が救われる」
「他人を幸福にすれば自分も幸福になる」
「他人を癒せば自分も癒される」
なぜなら
「我々は繋がっているから」
「自分が関わって他人が笑顔になる。で感謝される。
 これに勝る喜びはありません。魂が打ち震えるような
 幸福を感じます。」
「なぜなら”利他”こそが人間の本能なのです。だから
 自分の事などは置いといて他人を優先しましょう」
「他人に尽くしましょう」
で、代表自身、率先してこの「利他の生き方」を
貫いていた。
他の誰よりも。
そして一応高齢者ではあるが、いつも、とても元気であり
とても良い顔をしていた。
そんな代表を見ていた僕らは
この「利他」こそがまぎれもなく真実であり、そして真理だ
と思っていた。
いや、真理、真実である事は間違いない。
この整体によって救われた人は何人もいるし
そしてなによりも「僕自身が救われた」からだ。
自分が体験した事は誤魔化せない。
にもかかわらず、だ。
僕は・・・
このグループにいる事がだんだんと苦しくなってきた。
なぜだろう?
なんでだろう?・・・・・。
その②へ続く。



自愛メソッド5周年なので
今日までの自分を振り返ってみよう。その②
さて、僕は世に言われる「オタク」である。
アニメや漫画、ヒーロー番組、
それ関係の映画や小説が大好き。
で、これらは「利他」をテーマにしていたり
「利他」を行う者を主人公としたりしているものが
多々あり、それを観て感動し、涙ボロボロ流した事は
数えきれないほどあった。
確かに己の心を揺すぶられた。これは
否定しようがない事実であった。
「これらに近い体験をリアルで味わえるかも。」
と思っていたにも関わらず、なぜか苦しい。
「魂が打ち震える喜びを味わう」どころでは
なかった。
さて、僕がこの「苦しみ」に気が付いたのは
このグループで行っている「あるメソッド」でやって
いる時だ。
このメソッドは「病気などで苦しんでいる他者」を
イメージして「愛の言葉」や「真言」を唱える
というもの。で、代表はこのグループ一人ひとり
(数百人はいたはず)に毎日、数時間かけて
このメソッドを行っていた。
無論、僕もやってみた。だが正直「できんかった」
できても数人、数分程度。
だが、それよりもなによりも
苦しかったのは、だ。
「他者に向かって唱えているはずの愛の言葉」が
いつのまにか
「自分に向かって唱えている」ということに
気づいたことである。
「自分の事は置いといてまず他人を優先する」
と教えられている世界で、これはマズい。
ひじょーにまずい。
「自分に唱えているのに気付く」と
「これはいけない」とまた他人に唱える。
だが、途中でまた自分に。で、また他人に・・・。
この繰り返し。エンドレス。
自分が何をしているのか、わからなくなってきた。
なので代表に相談した。たまりかねて。
「あなたは自我が強いから」
「自己中やねW」
「自我の強い人はこのメソッドは難しい。」
 なので
「自我を克服しましょう」
この日から自我との闘いが始まった。
はっきり言って大苦戦(^^)
だが、ある日、ふと思った。
なんで自我と戦わないといけないの?
自我ってそんなに悪いのか?
なんのために自我がある?
・・・・。
で、そんなある日の事だ。
このグループの女子がある本を紹介した。
内容は
「ハワイには昔から伝わる問題解決のメソッドがあります。」
「四つの言葉を唱えます」
その女子はこのメソッドがうちのメソッドと
どうも同じではないか?と思って紹介したとのこと。
そう
「ホ・オポノポノ」である。
その③に続く。



自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を振り返ってみよう。その③
で、この「ポノ(面倒なので略)」は
一時期グループ内でも話題となった。代表もヒューレン博士に会ってみようという事にもなったし。
僕も「ポノ」関係の本は手に入るものは全部読んでみた。
だが、不思議な事にこの「メソッド」や「博士」よりも
この本を書いた人物の事がなぜか、みょうに気になった。
なんでこんなに気になるのか?この人が。
と思っていたある日のこと。
このグループの仲間の一人が家に泊まりに来た時である。
「Kさん。こういうのもあるんですよ。」
とカバンから一冊の本を出して僕に見せてくれた。
その本はタイトルがピンクで書いていた。
そして帯には著者の写真が載っていた。
眼鏡をかけた大きな人。
そう、気になっていた「あの人」だ。
仲間はこの本を貸してくれる、と言っていたが、
僕はどうしても買って自分のものにしたくなったので
その時は手に取らず、翌日、本屋に走った。
元々、本好きだった僕だが買う時にこんなに
ワクワクした事は久しくなかったことだ。
で、読んでみた。そして思った。
「自分の事、想ってもよかったんや」
「自分優先でも良かったんや」
「自分の方に意識が向くなんて当たり前やった」
重たいモノが取れた気がした。
「他人のために生きる」
「他人を笑顔にする」
確かに美しいと思う。
真理だと思うし真実だと思う。
「その結果、その他人から感謝される」
確かに嬉しい、良い気分にはなる。
だが思う。いくら「皆、繋がっているから」と
言われても、目の前や傍にいないと他人の存在は忘れる。
忘れてしまう。忘れない人もいるかと思うが、
僕は忘れてしまうのだ。
だが、絶対に忘れない存在がいる。
それは誰か?
生まれた時からこの世を去るまで、ほんの一瞬たりとも
離れる事もなく、どこにいても、どこに行っても
この「私」といつもいつもいてくれる存在。
そう、それは「自分」という存在。
ならばその「自分のために生きる」
「自分を笑顔にする」「自分を優先する」
そんな生き方もまた真実であり真理だろうと。
僕も高校生の時からなぜか「スピリチュアル」
(当時はニューサイエンスとか精神世界とか言ってた)
に興味があり、それ関係の本を読みまくり
それ関係の人たちにも会いには行った。
で、ほとんどの人は
「自分たちの思想や教義こそが正しい」
と宣言し、他のモノは否定、非難していた。
代表ですら「真理、真実のように見えてそうでないものがある。」「そういうのは”真実の隣り”というのだよ」
と言っていた。確かに危ないモノがこの類の世界には
多い。それは間違いない事だと思う。
だが、自分を愛し、自分を大切にする生き方。
それは紛れもなく真理だと思う。
そして
この「気になってた大きな人」はこうも書いていた。
全て完璧 全てが正しい。
だからこそ思う。この世界にあるものは全て、真理。
危ないもの、怪しいものですら、いろんなことを
気づかせてくれるため存在している。
だから真理なのだと僕は思う。
この世は真理に満ち溢れている。
まさに完璧な世界。
そこで自分は何を選択するか?
人間は選択する自由をもらっている。
そしてその選択した事を楽しむ。それが許されている。
なので、僕は「自分を愛する」生き方を選択することにした。
すると不思議な事に当時見ていたヒーロー番組や
漫画で
「俺は一つ決めている事がある。それはけっして
 自分を泣かせない。他の誰でもない自分自身をだ」
「他人を生かせたいのなら、まず自分が生き延びなさい!」
という「自分がキーワード」であるセリフをよく
聞くことになってきた。
流れがこの「自分」に来ているな、と感じた僕は
いや、僕らはこの「利他のグループ」から
離れることにした。
で、この「大きな人」に会いに行く人にしたのだった。
その④に続く。




自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を振り返ってみよう。その④
さて、「この大きな人」に会いに行こうと決めた僕は、早速
自愛関係の情報をググってみた。最も近日に行われるのは
「カフェ」だった。
とんとんさんと「美味しいもの食べながら楽しくお喋りしましょう。」ああ、食事会やな。
場所は神戸の確かイタリアンだったと思う。
「利他のグループ」でも勉強会や講演会の後の懇親会で
食事会は多々あった。そこではパソコンでメーリングリストをつくって、やりとりしていたので、会員同士、顔を知らなくても名前は知っており、僕はけっこうマメに投稿していたので、初対面でも「ああ、貴方があの人」という感じで
会話が始まるというパターンだった。
が、今回はほんと「全然知らない人」ばかり。
正直どうしょうかな?気まずくないか?とも思ったのだが、
「成り行きにまかせてみよう」という事で申し込んでみた。
で、当日。普段は居酒屋やラーメン屋ばかりで、めったに行く事もないおしゃれなお店でようやく「気になっていた人」
とんとんさんと会う事ができた。
「やっぱり大きな人やな」「何キロぐらいやろう?」
「しんどくないのかな?」というのが僕のとんとんさんの
第一印象だった(w)
自分でも言うのもなんだが「ありきたり」である(w)
で「カフェ」が始まりとんとんさんが話を始めた。
「今日は参加していただいてありがとうございます。
 では皆さん、順番に簡単な自己紹介をお願いします。」
「ただし、嫌だと言う人は無理にしなくてもいいですし、
食事中も話のは嫌だという人は話さなくてもいいですよ
(^^)」
これを聞いて正直、びっくりした。で同時に
「リラックス」できた。
というのも「利他のグループ」では「他人への気遣い」が最優先される。特にこのような食事会では
「全員が楽しくできるように盛り上げないといけない」
なので一人で黙々と飲み食いしてるだけの人が目に入ると
誰かしらが「話かけに行く」のだ。特にそれが初参加だったりしたら尚更である。ちなみに代表がそれを率先してやっていた。
だがしかし
一人で黙々と飲み食いするのが好きな人だっているのだ。
(ドラマにもなったそういう漫画もあるし)
そんな人を見て「皆の輪に入るのが苦手なかわいそうな人」
「一人寂しく食べてても美味しないやろう」
「なんとかしてあげようよ」と思っての事なのだろうが、
こうやって「かわいそうな人」を創造してしまっていたのだな、と今なら思うな、このグループは。無論僕もその一人。
で、僕は「利他のグループ」から離れる事が、できた事に
対するお礼を言ったのだが、参加者の中に僕とはまた違った「利他の世界」にいて、そこから抜けられた事を
感謝していた人がおった。
「ここには記憶を共有している人たちが集まっていますので、誰かが話を話し始めたら、皆さん聞いてくださいね」
最初の挨拶で、とんとんさんはこうも言ってた。
これが「同じ記憶を持っている」という事か・・・。
無理に話題をつくって話かける必要もないし、
気楽でええな。ここ。
この「カフェ」に参加して
ますますこの「とんとんさん」と自愛ワールドに興味を持った僕は
講演会やセミナーにも参加する事にした。
その⑤に続く。



自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を
振り返ってみよう。その⑤
「そっか。自分の事で泣いてもええんやな。」
「それでよかったんや」
これがこの自愛のセミナーや
講演会に参加した時に感じたことである。
「愛してる」のワークの時である。
僕は横には誰もいなかったので、前に座っている
カップルの方の男性に”おやじ”を演じてもらい
「ワーク」をやってみた。
やってすぐに「涙がボロボロ流れ始めた。」
「人前で泣くなんて何年ぶりやろう」
「でも、ええ歳して、しかも初対面の人の前で泣くとは」
「恥ずかしいな、かっこ悪いな」
「でも、すげえ気持ちがいいぞ」
と、様々な感情が渦巻いてきたのだが、
一番強く感じた事は「自分を窮屈にしていた」ということ。
利他のグループは「整体」のグループだ。
なのでセミナーでは「整体の技術や知識の習熟」
で、講演会では「その整体の効果」を発表する内容となる。
「長年病院に通っていても変わらなかった症状が
改善した。」
「痛みが軽減した」
中には「ええ、あの●●病が改善やて!」ともし、
この講演会に現役の医師が参加していたら
「驚くような発表」もあり、それを聞いていた代表が
涙ぐんだり、参加者の中にも泣いている人はいた。
でも僕は正直「それはすごいな」で終わっていた。
よく知っている人や身内、友人がそういう体験を
したのならまた別やったかもしれないけど、
ほとんど知らない人間がそうなったと聞いても
そんなに感情が沸き上がることはなかったのである。
でも、感動して泣いてる人たちを見続けていて、
いつのまにか
「他人のために泣けるようにならないといけない」
「そうでないと他人のために生きることなんてできないぞ」
「ましや自分の事とかで泣くなんて自己中で利他なやいぞ」
と勝手に思うようになって来ていた。
窮屈や男やったなw ほんと。
で、その概念がぶっ壊れたので、
ワンディセミナーでは「大号泣」しまくった。
もちろん自分の事で。
ますます解放されてきたので
個人セッションにも行ってみた。
そこで「「ああ、やっぱり」という記憶を
見つけることに・・・・。
その⑥に続く




自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を振り返ってみよう。その⑥
「親の記憶が80%」
「親の記憶通りに生きてる」
ここでよく聞く言葉。まさにその通りだと思う。
「個人セッション」にて
僕がとんとんさにうち開けた悩み」
それは「他人に勝手に自分の事を決められてしまう」
という事。おもに職場で多かったんや、これ。
「明日から○○の仕事頼むわ。もう決まったから」
「○○の担当に君、決まったから」
ふつう、何かをその人に頼むなり、させようとするならば
まず、本人に
「○○を君にしてもらいたいんやけど、ええかな?」
「頼みたいんやけどいい?」とか
相談なり承諾なりをした後に「決定!」だと思うのだが。
なぜか、僕の場合この「相談、承諾」無しに決められる事が
ほとんどだった。
「なんやんね、それ!」である。
断っておくが僕は「社会人」になってから、とても
短気な性質になっており、上司とも、よくもめた。
なので勝手にいろいろと決められて「はい、いいですよ」
という「いいひと」ではなかった。実際、勝手に決めた
上司に噛みついて、もめて、それがきっかけで
退職したこともある。
でも、このような事が別のとこでも起きていた。
なんの記憶か??
「親に何か勝手に決められた事、なかったですか?」
と、とんとんさんに聞かれた。
「さあ、どうでしたか・・・。」過去に手をつっこんで
ガサガサと探してみる。すると・・・。
僕の頭に「そろばん」が浮かんだ。で、次に「習字」が。
ああ、これだ、これだ。
小学生の時だった。友達の家から帰ってきた僕に
「あんた、明日から”そろばん塾”行きや。申し込んでおいたから。」
「あんた、明日から”習字”を習いに行きや。申し込んでおいたから」
と、母親が「当然や」みたいな顔して言いよった。
勝手に決めるなや!おかん。なんでまず当人の俺に
聞かへんねん。行くか、どうかって。
そうそう、この記憶。これやこれ。
おかんにいろいろと勝手に決められた。
俺は自分の事、勝手に決められる人間なんや・・・。
「Kさん、この記憶だね」と二人で大笑いした。
で、ちなみに父もまた当時「自分の好きなプロ野球チーム」のファンに無理やり僕をさせようとして、
いろいろやっていたことも思い出した。
そのチーム、お前好きか?どうかって
それを先、聞かんか!!おやじよ。
まったく、親ってのは・・・。
と、思いながらもだ。いろいろな場面でこの「両親」と
同じ生き方、考え方をし、ある時は
親を見返してやろうと真逆の事もしたり、で、
喜ばせようとしている
自分に気づく。
両親はすでに亡くなっているが、まだ記憶は生きていた。
ほんとに親の記憶ってデカいなぁ。
さて、その「親の記憶の重たさ」を認識し、その記憶を
まだまだあるけども、徐々に手放しつつあった僕。
もう、そんなには、いろいろ人生に起きないだろうと
思っていたのだが。
(大きな記憶が剥がれたら、その下に隠れていた記憶が
浮き出してくるやろうと、今の僕は思うが、当時は思わなかった)
予想もしていなかった事に直面する事になるのである。
その⑦に続く。




自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑦
「これが記憶を癒してきた結果というのならば、これも完璧な事なんだろう。」
「記憶で結びついていただけやったのかもしれんなあ。」
「でも確かにいろいろとはあった。だけど楽しかったし、
何より幸福やった。それは間違いない。
それは真実やった。」
その時、様々な想いが浮かんでは消えていた。
さて去年の8月の末だった。
僕は22年間の「夫婦としての生活」に
終止符を打った。
まあ、いわゆる「離婚」だ。
嫁さんと出会った22年前。当時の僕は
「利他の整体グループ」とはまた異なる
「整体グループ」に関わっていた。
で、このグループを知ったのは、当時
「心は殺伐」「体はガタガタ」という状態で
「毎日おもしろくない」「生きるってつまらん」
と思っており
「こんな自分をなんとかしたい!」
「なんとかしてくれる”何か”があるはずだ、必ず」と
いろいろ
「探し求め続けていた時」だ。そして見つけた。
いろんなモノがあるなかで「これ」を選択した
理由。
それはこのグループで説いていた哲学。それが
ものすご~く気にいったから。
「全ての中心は自分」
「自分があってこそ宇宙がある」
「だから人間は自分を優先して生きればいい」
「自分こそ最も尊くて最高の存在なのだ」
「自分を中心として自由自在な存在として生きよう」
おお、なんか「自愛」と似たような事言ってるぞ。
と、これを読まれている方々は思われたかも。
確かに近い。似ている。だが「自愛」とは決定的に
異なるところがあった。それは
「あなたは今のままで完璧」という事を言わなかったこと。
その代わり「完全」とは言っていたがw
「完璧」と「完全」は違う。
「完全」を超えた言葉が「完璧」なんだ。
(まあ当時の僕は「完璧」という言葉は知らなったけどw)
それはさておき
僕も嫁さんも親や周囲の反対を押し切り、
このグループで学ぶために
「いろんなモノ、事を手放して、飛び込んだ」
そして出会った。愛し愛されるようになった。
このまま二人、このグループで活動していくつもりだった。
が・・・このグループが、・・・ねえ。(TT)(T0T)
その⑧に続く。




自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑧
さて、この「自分を中心にする整体グループ」。当時は東京に拠点を置き、全国各地に代表の教え子が経営する整体院もけっこうあり
「これからもっと、この整体を広げて世界に向け進出していく」
と代表は宣言していたが、今は当時よりもはるかに会員も減り、東京からも引き上げて、四国のどこかの山奥に籠り、
けっこう大手の出版社から本も4冊、ビデオも発売していた代表自身も会員の前にしか姿を見せなくなっているらしい。
で「この整体を受けて波動を上げている人たちは
地球の次元上昇の波にも乗ることができる」と言ってるらしい。
おいおい・・・や。ほんま。
で、なんでこうなったのか?ということなんだが
「自分が中心」と言ってはいたが実際は
「代表が中心」だったことである。
というのも代表の教え子たちは彼をまるで
「江戸時代の殿様扱い」し、他の会員にもそれを求めていた。まあ師匠だからある程度の礼をつくすのは
仕方ないかとは思うが、なにせ度が過ぎるのである。
そして、ひどい者になると「生き神様」扱いし
「代表は霊格高いから、この世では会えるけど
あの世では会えないぞ」とまでいう始末。
で、この代表がある日、突然「原因不明の体調不良」をおこし
動けなくなったのだが、その時にだ、
この「なんか違うやんけ」と
思っていた事が表面化したみたいで
「代表はおかしくなった、もうついてはいけない」
「代表になにがおきたとしても、これからもついていく」
という人たちにグループは分かれていった。で、前者の人たちは
次々と離れていき。。。活動も縮小。
そして今はすっかりカルト化してしまっている・・。
さて僕ら夫妻はというと、この「整体」が老若男女、赤ちゃんでも安心して受けられる、と言いながら、当時赤ちゃんだった娘が異常なほどの拒否反応wを示したのがきっかけで
離れることにした。
で、この時僕ら夫妻が学んだことは
「一人の人間を神様あつかいするところは危険」
ということ。人間は皆、完璧だ。霊格高いだの
低いだのナンセンスである。
さて
この整体を学ぶために「家も飛び出し、かなりの時間と
お金も使い(生まれて初めて無一文になった)
その結果がこんなもんなのかと認めるのが嫌」
だったので、離れた時はかなり落ち込んだのだが、
今なら思う。
「自分に寂しさの記憶があり、それを埋めるために
特別扱いしてほしかった。なので特別扱いされている人に
憧れて、その傍にいれば、自分もそのうちに特別扱いされるようになるだろう」としていたな、と。
代表もまた子供時代は「寂しかった」ようだ。
で、今は「自分になにかあってもついてきてくれる
人たちに囲まれている」と言えるから
あの当時よりも「幸福」かも。
で、このことで僕ら夫妻は「二度とこういう団体には
関わらない」と誓い、家にあったスピ関係の本は全て処分し、普通に働いて普通に暮らしていたのだが、
10年後に先に書いた「利他の整体グループ」に入ってしまうのである。
関わらない言うてたんちゃうのwww
おそらく「自分中心」というところにいてエライめにあった
という記憶が罪悪感となり、それを解消するために
真逆である「他人が中心である利他の世界」を選んだと
思うのである。
ほんと人生は「記憶」の一言に尽きるが
これらのことでさらに大きな一つの「記憶」を
創造していた事に気づく。
その「記憶」とは??
その⑨に続く。




自愛メソッド5周年なので、
今日までの自分を振り返ってみよう。その⑨
僕は昔から「マイノリティ」なモノに興味を持つことが多かった。
例えば「アニメ」「特撮」今でこそ
「ジャパニメーション」「海外に誇れる日本の文化」とか
賞賛されてはいるが昔は「ひどい扱い」だった。
で、お次は「スピリチュアル」
これはまあ「今でもけっこうひどい扱いw」だが
当時は今よりもはるかにひどい扱いだった。
なぜ、こういうモノに興味を持つのか?
それは「他人とは違うことをしたい」
「他人が知らないことを知ってみたい」
という欲求が強かったから。
なぜ?僕は「劣等感の記憶がとても強かったから」
これも今だから認めることができたのだけど、
当時もそうだし「ほんの少し前」までは
認めるのが嫌で嫌で、目を背けていたくらい。
「記憶を癒す」ためにはまず
「その記憶を抱えていることから」
始まるけども、それができない。したくない。
なのでどうするか?
自分で自分を誤魔化す。
その誤魔化す方法が「他人とは違うことすること」
なので「マイノリティ」なモノに関わる。
僕は子供の時、超マイペースだった。なので
集団行動が嫌いだった。特に学校の体育の時間の
「チームで別れてやる競技がダイキライw」だった。
それゆえにクラスメートからは「お前がうちにおったら負ける」「邪魔や」とか言われた。で、家では全く正反対の性質である兄貴と比較された。そこから劣等感が生まれたと思う。いちおうは見返してやろうかとも思うのだが、その為に
嫌いなこと(集団行動)を必死にやるのも嫌だった。
だからかな、と思う。
その結果が「自分中心グループ」や「利他の整体グループ」などを
見つけては、そこに首をつっこむ・・。
でもある程度やったら「なんか違うな」と感じて
離れてしまう。そりゃそうだ。
劣等感を抱えてることを誤魔化してるのだから。
劣等感の記憶を癒さなければまた、違うモノを
探し、そこに入り、しばらく続けてから
離れる・・・。その繰り返し。
繰り返し。つまり「再生」や、記憶の。
この「劣等感」を誤魔化し続けた結果
作り上げた一つの大きな記憶。
それが「マイノリティなグループ」を
見つけては、そこに入る。で最初は
「求めていたものに出会えた」「すげえな、ここ」
と、お金や時間を散々と注ぎこみ、ある程度やったら
「なんか違う」と離れる・・・という記憶。
なのでこの「自愛メソッド」ですら、最初はそう
思っていたw。今だから書けるけどw
「おい、俺よ。またこういう類のとこ入るの?」
「もう、そういうのも辞めた方がええんちゃう?俺よ」
とも思っていた。今はなーんも考えてませんけどw
で、僕よりもこの事に対して危惧していたのが
嫁さんであった。
で、その嫁さんが・・・・。
その⑩に続く




自愛メソッド5周年なので今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑩
とうとう「⑩」まで来てしまった(^^;)
自分でもビックリ(^●^)
まあ、それはさておきだ。
嫁さんが「危惧」するのも当然だった。
なにせ
僕自身も当初はそう思っていたことだし。
ただ、この「自愛」に関しては「自分を中心にするグループ」や「利他のグループ」とは全く異なる大きなところが
あった。
それは
「あなたはそのままで完璧です。」
「なにも変える必要はありません。」
「ええっ!こんな状態なのに!と今思っていたとしても」
と説いているところ。
「自分を中心にするグループ」も「利他のグループ」も
「今のままの状態ではいけない。自分を磨かないといけない」「代表みたいになれるように頑張ろう」
そして「他人の役に立つことができる人間に」
と、絶えず「修行」「学び」「努力」の世界だった。
「自分を中心にするグループ」の代表は若い時
「肉体がボロボロの状態だった」にも関わらず
「セミナーを休まず開催」していた。
「神界、霊界から自分がこの整体をしてよい人間か
どうかを試されているから」という理由で。
「利他のグループ」の代表も若い時には
「血を流すほどの修練」をしていた。
 整体が当初、上手くできなかった時には
「悔しくて血の涙を流した」こともあったらしい。
で、それを乗り越えたからこそ「今」があると。
確かにすごい、すげぇとは思う。いや、思っていた。
だが今の僕には、ただの「どM」にしか見えないWW
(まあ、お好きな人はどうぞwそれもまた完璧だ)
でも自愛の世界は
「あなたは存在しているだけで十分」
「完璧だ。」
「ただ記憶が再生しているだけだから、それを癒せばいい」
あげくのはてには
「人生を楽しむことが最大の記憶を癒す道だ」と
まで説いていた。
そんなわけだから
この世界を僕はとても気にいっていたし、
それよりもなによりも「本当の意味で自分を中心に」
できる世界だし。
なのでだんだんとセミナーや講演会なども行く頻度が
増えてきたのである。
でも、嫁さんは「自愛関係の本」を読んだりは
していたものの「もうええわ」という感じであった。
カフェに一回参加しただけw
で、そんな嫁さんが去年
「その身に起きた事で」
「おお!」となるのである・・・・。
その⑪に続く。





自愛メソッド5周年なので
今日までの自分を振り返ってみよう
その⑪
どこまで続くねん(^^)自分でも思うのだが、書き出すといろいろと
出てきたので「まあいいや、出し尽くそう」ww
というわけで「その⑪」です。で、この⑪からは
ちと内容
重たくなるかと思います。
ちょうど去年の初夏のことだった。
「アタシ、もうあかん」と泣きながら嫁さんが夜中、
僕の部屋に入ってきた。で、今度は
「アタシ、大丈夫や」と笑いながら夜中、僕の部屋に
入ってきた。
で、その後も「異様なハイテンション」で行動したり
と様子がダンダンと(--;)・・・。
で、ちょうど僕が「お盆休み」に入った時だ。
仕事から帰ってきた嫁さんが「こわい、こわい」と
言い出した。
「何が怖いんや?」「とにかく怖い」
まあ、その日はなんとか宥めることはできたのだけど、
やばかったのは翌日。
「家の中の情報が盗まれている!」
「娘がアタシのせいで事件に巻き込まれてる!」
突然、嫁さんが叫び出した。
で、パソコンのインターネットのケーブルや
電話の線を抜き出した。さらに娘に向かって
「ごめんな、アタシのせいで事件に巻き込んで」
真顔だった。だが、娘は全く「身に覚えがない」こと
なので、「ママ、何を言うとるんや」と怒ってたが、
「真顔」ゆえにかなり恐怖を感じたようで、
その日の夜「ママが怖い」と泣いていたほどだ。
僕もさすがにこの嫁さんの状態を見て
「完璧」だとか「心配はいらない」とは思えなくなり
その日、行く予定だった「墓参り」もやめて
「すぐに診てくれる心療内科」を探して二人で行った。
医師の見立ては
「睡眠不足かもしれないから、とりあえず睡眠導入剤を
飲んでください。で様子を見ましょう。
一週間後にまた来てもらってその時に結論出しましょう」
というもの。
で、家に帰ってから
お互いの記憶が沸き上がってきたので
言い合いや話し合いになった。
翌日、かなり「落ち着いた」ように見えたので
かねてから観る約束をしていた映画に行ったのだけど
終わった後に、またお互いの感情が噴出してきて
「大声で怒鳴りあった」
俺もあいつも
何を我慢してきたのか?今まで、と思う。
で、嫁さんの仕事はサービス業だったので
「まとまった盆休み」はなかったのだが、
このような状態だったので
しばらく休むことになり、実に久しぶりに
夫婦で連休を過ごすことになった。
そして連休中、嫁さんはよく喋った。
「子供の時は・・・・」
「あのころは・・・。」
「やったら後悔すると思っていた事をやってしまった」
「自分が生きてるのか、死んでるのかわからない」
笑ったり泣いたり。
5~6時間は話していた。
毎日だ。
かなり記憶が噴出し始めたと思った。
僕はダンダンとカウンセラーの気分になってきていた。
嫁さんは「自愛の教科書」も読んだ。
今の自分にはタイムリーな本だと言っていた。
で、僕は、さすがに長時間話を聞いていたら
疲れてきたし、せっかくの休みだから
自分の時間が欲しくなったのと
「まあ大丈夫やろう、やっぱり心配せんほうがええ」と思い、話が終わった後は「遊びに出かけてた」
嫁さんは「ず~と傍にいてほしかったらしい」のだが。
僕の去年の夏の休みはこのような毎日であった。
で、最後の休みの前日の夜、満月だった。
嫁さんが散歩したいと言い出した。
僕と嫁さんが初めて一緒に過ごした夜も満月だったから。
散歩しながら「ああ、だいぶ回復したみたいやな」
「もう大丈夫だろう」と思った。
翌日は「心療内科に行く日」だったので
「この状態なら医師も問題ない」と言うに違いない
「ああ、よかったな」と思っていた。
で、翌日の事。二人で病院に向かった。
その向かう途中の事。
突然、嫁さんが姿を消したんだ。
僕の前から。
その⑫に続く。





自愛メソッド5周年なので
今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑫
わお、⑫まできた。長いぞ!とは思いますが
記憶って自分が思ってたよりも抱えてるみたいです。
中途半端に出すよりは出し切ったほうがええので
まだまだ続きますニャー。では⑫です。
僕らの家からその病院は遠かった。
電車で行くのも乗り換えが面倒な所だった。
で、途中の大きな駅で降り、乗り換えしようといた時である。傍にいた、いると思っていた嫁さんの姿がない。
周囲を見渡したが見えない。見あたらない。
通勤ラッシュで人も多かった。「しまった、はぐれたか」
「へんに捜しまわってすれ違うよりは、どこかで落ち合うほうがええやろう。」と判断し駅の中で最もわかりやすい
と思った「改札口」で待ち合わせしようとラインをした。既読になった。だが、それに対する返信はなかった。
僕は待っていた。まあすぐに来るやろう。
でも、なかなか来ない。トイレかな?だが
来ない。時間だけがどんどん過ぎていった。
また、ラインした。だが、既読すらしない。
たまりかねて電話してみた。だが出ない。何回も電話した。
だが、出ない。音沙汰無し。来る気配すらない。
「病院の予約時間がせまってきた」
大学に行ってる娘にも「ママに連絡してみて。はぐれたみたいや」と頼んでみた。だが娘がやっても「つながらない」
自宅にも電話してみた。留守電だった。
時間だけが過ぎていく。イライラ・・。ムカムカ・・・。
僕は「怒りが噴出してきた」
「なんで最後の最後でこんな事になる!」
「なんでこんな事する」
「なんでこんな思いせなあかんねん!」
「そんなに俺が嫌なんか!」
「今までなんやったんや!!」
もう「なんの記憶やねん!」とすら考えるのも嫌になる
ぐらいの怒り。
「俺の記憶が・・・・」「そんなん今はええ!!」
その怒りを「ライン」に叩きつけ書きまくった。すさまじい
罵詈雑言の嵐WW。もちろん嫁さんに向けてだ。
で、とうとう病院の予約時間が来た。
「もしかしたら」と思い、連絡したが
「来てませんよ」・・・・。
なんもかも嫌になった。「被害者意識」で
埋め尽くされた。
自宅に帰った。もちろん嫁はいない。
何かしないといたたまれなったので、
嫁の職場にも連絡してみた。
手がかりなし。
「なんやこれ!蒸発やんけ!行方不明やんけ!」
だが、このままというわけにはいかない。
ここしばらくは
精神不安定だったことは事実だったからだ。
なので捜願いを出すことにしたが、その時「被害者意識」
の矛先が「義母」に向いた。電話した。今の感情を
叩きつけた。ちなみに「義母」とは今まで、当たり障りの
ない会話しかした事が無かった。これが初めてのことだった。義母は嫌だったやろうな。。。
捜索願いなんか出すの初めてやな。と警察へ。
で、その警察では「嫁はんのスマホの電波を逆探知してみたら、その駅の外の場所を最後に切れている」
「駅の外・・か」
そうか
「逃げ出したんやな・・。」
僕と嫁さんは「自分が中心のグループ」で知り合った後
すぐに「同棲」した。一年間ほど。
で、グループで「思ったことは言いなさい」と教えられていたのもあり、お互いの感情をぶつけ合った。時には
徹夜で。何回も何度もだ。
肉親以外の人間で「ここまで感情をぶつけ合った」
ことは無かった。お互いに。
それでも嫁さんは僕から離れようとしなかった。
逃げなかった。僕もだ。
まあ、その時は「ええ加減にしとけ!」
「もう無理やわ!」
と何回も思ったがw
それが今回は「逃げた」「逃げ出した」
で、思ったのだ。
「なんかの記憶で結ばれてただけやったのかもな」
「で、記憶の整理進んで、その記憶が無くなった」
「だからもう夫婦である必要も無くなったんやろうな」
「なので逃げ出したんやな」
そりゃまあ、22年間、些細なことでケンカも度々したし、その時
「別れようか」となった事も何度かある。
今時、離婚なんて珍しくない。
良くも悪くもないしねぇ。で、
僕の従妹も知り合いも、けっこう離婚している。
僕の実家の近所での井戸端会議でも
「今の子らはすぐに別れる。辛抱とか我慢とか
ようせんのか」と言っていたが、
僕はそれ聞いて「たった一度の人生でなんで我慢するの?
なにが辛抱や。
ほんまアホやな、ドMやな」とあきれてたくらいだ。
結婚しないといけないという概念でするのであれば
しないほうが、ええよ、とも思っていたし。
でも、僕はいざ「別れよう」と思った時にだ。
自分に「ほんとにそれでいいのか?」
と聞くと「涙があふれてきた」なので「ああ、違うんだな」
と感じた。なので別れなかった、今までは。
だが、今回は自分に聞いても「涙は出なかったのである」
「これが自愛をやったうえでの結果であるならば」
「ほな今回はええんやろう」と。
さて
警察から帰ってもやはり家にはいない。
嫁さんの職場にも、とりあえず行ってみた。覗いてみたが
やはりいない。で、そのまま帰るのもアホらしくなったので、その近所の店でビールでも飲んでもやろうと思った。
で、事の顛末を僕の職場の上司に報告してグビグビ
飲んでいた時だ。ふとスマホを見ると
「今どこ?」「そっちに向かってる」
「会いたい」とラインが入っていた。
嫁さんからだった。
その⑬に続く。





自愛メソッド5周年なので
今までの自分を振り返ってみよう。
その⑬
さてこの⑬では書いていて、
僕自身「こんなに被害者意識が強かったんか」と思ったのと「ねばならない」「そうあろう」という記憶も強かったかんやな、と思いました。ではスタートですわ。
嫁さんからのラインを見て「よかった無事や」「やっと連絡ついた」
という安堵感よりも「今さらなんや」「ふざけてんのか」「どんな顔して会うつもりやねん」「ここまで人、コケにするんか」という
怒りの方が強かった。一瞬、顔も見たないし声も聞きたないし
おんなじ事したろうかな、とも思ったけど「決着つけたろう」と
待ち合わせして会いに行った。
で、待ち合わせ場所の近くの
広場にすぐに連れて行った。もうこの怒りを抑えることはできなかったし、抑える気もなかったから、かなりデカい声を出すだろうと思ったからだ。案の定、すさまじい「ぶつけあい」となった。
で、彼女の言い分は「充電切れたから連絡できなかった」
「今まで自分を見つめてたから」だったが、実のところは
「自分は病人やない」「病院行くのが怖くなった」
「病人にされて入院させられる」と思ったからだそうです。
でもその本音を僕には言えなかった。言うことできなんだ。
で、僕に対して「ちょっと姿が見えなくなったぐらいで
警察まで行くほど大騒ぎして。普段、大丈夫とか言って心配はしないとか言うてるくせに」だと。
で、これを聞いて思った。
「同棲一年間して、22年間も一緒にいて、この体たらく。
”全然信頼”なんかしてなかったんやな。お互い」
「波動だの利他だの共に学んでても関係あらへん」
先にも書いたが離婚なんか今どき珍しいものではない。
何十年暮らした夫婦の離婚の理由が「性格の不一致」
経済的な問題で我慢してたけど旦那が定年したから
もう耐える必要はないから・・・という「熟年離婚」
それらとたいして変わらへん。・・・。
もうええわ、ほんま。うんざりや。ということで
「もう俺は無理や」と言って、その日はとりあえず二人で帰り、
翌日、傍で見ていた娘があきれて怒って、泣き叫ぶほどの
「ぶつかりあい」をした後、二人で離婚届けをもらいに行った。
で、その後。離婚が確定したのと、感情出し尽くしたのもあり、
ちと冷静になったので今日までの二人の事を振り返ってみた。
「最初は結婚するなんか考えてもいなかった二人が結ばれて
22年間やってこれたのは、間違いなく幸福やったからだ。
いろいろあったけど」
「おかげで夫婦という体験、夫という体験、父親、家庭を持つという体験」「妻という体験、母親という体験」を味わうことができた。それについてはお互いに感謝だし。
だがいつのまにか「いい夫婦」「良い夫」「良い妻」にならないといけないという想いが強くなり、お互いを縛りつけてたな、
で、頑張らないと愛してくれないと思い込んでいた、僕の
記憶が彼女にも「がんばらないといけない」と圧をかけて
苦しめてた・・・と。いろいろと見えてきたので、その結果
「憎しみあって別れるんやない。お互いを解放するために
別れるんや。お互いに自分の道を歩こう、新しい道を。
概念に囚われないこんな形の関係があってもええやろう」
となった。
で、ちょうど「自愛教科書の出版記念講演会」が
あったので参加して、この事を報告したら
「離婚、おめでとうございます!」と祝いの言葉w
そして彼女は職場の近くにマンションを借り、家を出た。
まあ、その後も荷物を取りに来たり、ご飯おごってほしい
とマメには家に来ていたけどW
「なんか離婚しても結婚してても変わらんのちゃうかw」
と思ってきた、その当時は。
で、一か月が過ぎた。何事もなく。彼女が来る頻度も
さすがに少なくなってきた。そして二か月目に入った時だ。
たまたまスマホを忘れて出勤してた、その日。その午後。
上司が走ってきた。
「娘さんから会社に連絡あった。お母さんのことで至急
連絡してほしい。」って。
その⑭に続く。





自愛メソッド5周年なので今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑭
~アロマが気になる、今までなんとも思ってなかったのに~
「これはやばいこと起きてるな」
僕は会社を早退して一目散に家に向かった。心あたりはあった。つい先日、大学で音楽を学んでいる娘が出る演奏会に、
彼女と待ち合わせして、観に行った帰り、一緒に食事をした。で、「最近どう、調子は?」と聞くと
「あまり、よくない」「仕事も休みがち」と。
「でも、もう別々に暮らしているし、夫婦ではないし、
ひとりでやっていくから、と、飛び出したわけやから
なんとかがんばりや」と僕は言った。
というのも離婚してしばらくは「家庭内別居」という形で
一緒に住もう、と話していたのだが、その翌日、彼女は
僕に相談もなくマンションを探しに行き、契約までしてきたのだった。「やっぱり別れた二人が同じ屋根の下にいるのは
おかしい」と考えなおしたらしい。さよか。ほな
冷たいかもしれないが、そこまで腹をくくったのなら、
なんとか切り抜けろや、と思ったからだ。
で、そんなやりとりをした後のことだから・・・。
で、家に帰ると娘が寝ていた、疲れきって。
「大学行こうとしたらママが行きなりやってきた。
あのやばい状態の時の目つきだった。そんで
自分が誰かわからん。
自分の居場所がわからん。
アタシは不法侵入者や。警察呼んで捕まえてもらってくれ」
と言うた。さすがにそんなことはできないから
大学休んで、車に乗せて、病院を探しまくったんやけど、急に診てくれるとこなかった。で、しばらくしてたら
落ち着いてきたから、帰らした。」
娘にねぎらいの言葉をかけた後、僕は彼女のマンションに向かった。
ふとんにもぐりこんでいた彼女の姿は
「げっそりしてやせ衰えていた。」
少しの物音でもビクビクするほどの恐怖心にかられ
幻聴、被害妄想もひどい、とのことだった。
「そんなんやったら、戻ってきたらええやろう。」
と言ったのやけど
「自分で飛び出しといて、今さらそんなことできん」
「もう進むことも、戻ることもできない」
それを聞いて「かける言葉もないし、できることもなかった。」ので、僕は帰ることにした。
「ああ、なんでまたこんな」「なんの記憶や、ほんまに」
家に帰る途中そう思った。
で、なぜか知らない、わからないのだけど、
今まで知ってはいたけど、全然興味がわかなかった
「アロマを使った自愛セミナー」が妙に気になりだしてきて
居ても立っても居られなくなり申し込んだ。
で、当日。神戸の元町で開催されるセミナーに向かった。
でね、
そこでのセミナーを終えた後、あらたな展開がおきるんだ。
その⑮に続く。





自愛メソッド5周年なので今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑮
    ~記憶の剥がれるタイミング~ 
さて、僕らが学んだ「自分を中心にする整体」も
「利他を説く整体」も調整する骨の位置こそ違うが、
どちらの代表も師事した人物は同じであった。
で、その人物はその世界では、かなり有名であり、
ある「哲学」を説いていた。それは
「全ては内にあり」という哲学。
「人体のなかでも最も重要な骨を調整し、
人間の”内側”に流れる生命力を活性化させる事により
様々な症状が改善されていく。」
なので彼らは自分たちの創始したこの療法こそ
「原因療法」であり、他のセラピー(現代医学も含めて)は
「外側から強い刺激を与えて一時的に症状を
抑えてるだけの”対処療法”」であると言っていた。
実際、他の「外から刺激する療法」をやっていて
限界を感じていた人たちが、この療法のすごさに感動し
学びに来ていた。で、その中には
「アロマセラピスト」もいたのである。
この「外からの刺激はよくない」という記憶を
僕はいつのまにか、持ってしまっていたようだ。
アロマ。。。外からの刺激やなぁ・・・。と。
そのせいで「アロマ」に関しては
今まで興味を持てなかったのかな、と思う。
で、その記憶が剥がれたのかと。
ほんとまあ、記憶って次々と創ってしまうな。
で、後から思ったのだけど「このタイミングで
この記憶が剥がれた事」は大きな意味があった。
さて、そのアロマセミナーは神戸の元町で
行われた。その日はとても良い天気だった。
で、内容なのだが、僕自身は様々な
アロマを香ってみて
「おお、いい香り」「なんか不思議な臭いやな」
「う~ん、この臭いはちと苦手やな」
「あ、丹田に力が入った」って感じ。
で「感情を解放するワーク」をやった時だ。
僕は久しぶりに泣いた、いっぱい泣いた。
(とんとんさんがビックリするほど)
無論、彼女のことでだ。
で、その時だ。頭に浮かんだ。
「俺は彼女をかわいそうな人間にしてる」
「俺は彼女を”俺がいないと、お前はダメなんだ」
と思わせている・・・と。
「そのせいで今、彼女はあんな事になっているのでは」
「なんちゅうことや」・・・・。
で、セミナーが終わってから元町の海を見に行った。
ほんの三か月ほど前に彼女とデートして、
この海を見ていた。あの時は天気が悪かった。
「天気の良い日にまた来ような」と約束した
あの日。それが今は・・・。それを
思い出すと「涙が出てきた」で、この時また思った。
「中途半端に繋がって、会ったりしているのも
このような事になってしまう要因やないのか?」
「なまじ会うから心配してしまい、それが現実になっているかも。」
「ならば、もう完全に関係を断ち切って二度と会わない」
と決心した。
神戸の海の写真を撮り彼女に送った。で、
「もう一度、一緒にこの海を見たかった」
と書いた後、今日のセミナーの事を書いて
僕の決心した事
「もう二度と会わないほうがええと思う」
「実家の福島に戻った方がええよ」
と伝えた。「うん、わかった・・。」
その日、待ち合わせして
一緒に食事をする予定だったが、それもキャンセルした。
で、家に向かう途中の電車内、ふとスマホを見ると
知らない番号の着信があった。しかも何度も。
「誰や?今どきワン切りか、間違いか?」と
思っていたらその番号から電話。
「▽●~ですけど。」「あ、すんません、聞こえない
今、電車乗ってるんで降りたら、僕の方から電話しますわ」
で、電車を降りて家に向かう途中の公園で
その番号に電話してみた。
「はい、○○○警察です。あ、あんた元”旦那さん”やね。」
ええ!!警察??
その⑯に続く。




自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑯
      ~イチかバチかアロマか~
「あんたの元”奥さん”が、うちの交番に来てな、
自分が誰かわからん、自分の居場所がわからん、
とか言い出したので、保護させてもらってね、
ちょっと落ち着いたんで、話聞いてたら、
あんたの名前と携帯の番号がわかったから、
連絡させてもうたんよ。」
「そりゃどうも、すんません。」
「でね、だいぶ、落ち着いたからね、パトカーで
マンションまで送らせてもうたから。」
「そりゃどうも、すんません。」
「あ、それからね、離婚したから俺、関係ないやんと
思うかもしれんけど、すぐに連絡つくの、あんたしか
おらんからね。このままほっといたら、また
こういう事おきると思うよ」
「そりゃど(以下同文なので省略)w」
なんと、彼女、先日「娘にやってもうた事」を今度は
お巡りさんにやってもうた、してもうた。
「何をしてるねん」「なんでまたこんなん起きるんや」
「もう会わないでおこう言うたとこやん」
「今度は警察沙汰か!!」
「なんなん!!」
再び僕の中から凄まじい感情の嵐が。
で、カッカしながら、家に帰り、そく
彼女に電話した。
話した内容はもちろん「怒り」
ただただ
それのみ。
「どこまで俺を振り回したいんや!」
「もう無理や、すぐに実家に帰れ!!」
彼女は泣いていたが、嵐は収まらず。
「一人で帰るのが無理やったらな、
実家のお義母さんに電話して、迎えに来てもらえ!」
で、その嵐はまたしても実家の義母に
進路を変更したのだった。
ほんと義母にとっては迷惑この上ないが、致し方ない。
ことの経緯を説明した後、こう言った。
「俺はもう無理ですから、お義母さん。
あなた、彼女を大阪まで迎えに来て、
福島に連れ帰ってくださいよ!!」
「まあ、Kくん。夫婦は助けあわないと・・」
「もう夫婦やないんですよ!」
「長年一緒に暮らしたのに見捨てるんだ」
「見捨てられたのは俺の方ですわ!!」
「家におっていいって言ったのに出たんですからね!!」
どでかい声だった。自分でも
驚くぐらい。で、電話を切った。。。
「なんなん」「なんなん」「なんなん」・・・
嵐は止まらない、、止まる気配がない。
止まることを知らないかのようだった。
その時だった。あるモノが目に入った。その瞬間
嵐がやんだ。止まる気配がなかった嵐が。
「今日、手にいれて記憶を癒すのに使ったモノ」
そう「アロマ」である。
「このアロマを使ってみよう、試してみよう。」と
思いついた僕は、とんとんさんに
「彼女の今の状態と経緯、それと
このような状態に効果のあるアロマはありますか?」
とメッセージを送った。
「地に足がついてない状態ですね。今日、
お渡ししたアロマのなかではベチパー、
日中はインチューンがいいですよ」
と返信をもらい、彼女にこの「アロマの内容」そして
「一度、試してみてほしい。実家に帰るにしても
他の道を選ぶにしても、まずは今の状態が
なんぼかマシになってからの方がええと思うから。
ほな、今度の休みの時、持っていくから」
で、
「これが俺がお前にできる最後の事や」と
伝えた。
「ありがとう」と彼女。
アロマ・・・・か・・。
これは僕にとって「イチかバチかの賭け」であった。
というのも彼女 「臭いのきついのとか苦手なのだ」
アロマを嗅いだとたんにクシャミして、拒絶して
「こんなん無理や」という可能性が強かった。
そんな事になったら効果があるとかないとかの話では
なくなってしまう。
(実際、この時の彼女
「アタシが臭い強いの無理って知ってるくせになんで?」
とか「なんかやばい薬をアタシに使わせようとしてるのか」
と思ったらしいw)
だが、何にもしないというわけにはいかない。
で、いよいよアロマを持っていく日がやってきた。
彼女の部屋は4階だが、エレベーターがないのよ、ここw
ようやく部屋についた。なんかすごい長い道のりだった
ような気がした。
で、部屋に入って彼女にわたした。
すっかり細くなってしまった指が蓋を外す。
そして手にとって香を嗅いだ。
「ああ、これ・・」
さて、その結果は・・・。
次回やっと最終回「その⑰」に続きま~す。





自愛メソッド5周年なので、今日までの自分を振り返ってみよう。
その⑰最終回
~この記憶を愛します、そして手放します。~
「ああ、これなんか、ええ臭い。これやったら大丈夫」
「なんか気分が落ち着いてきた・・。」
「そっか。ほな、このアロマを今日一日貸しとくからな。
その落ち着いた状態で、今後どうするか、よく考えて、
決めてくれ。で、明日また取りに来るから、その時
決めた事、教えてくれ。」そして
あっというまに明日がやってきた。
再びエレベーターのない、マンションの4階までの階段を
上っていく。昨日もおもったけど、遠い道のりやった。
部屋に入って彼女の顔を見た。明らかに違うのを感じる。
「どうするか決めたか?」「うん」
「ほな、聞かせて」
「アタシ・・アタシは・・・記憶を癒していきたい。
一人ではなくて・・・あんたと二人で・・・。」
「そっか、俺の答えはな・・・・こうだ!!」
その時僕は両手を大きく広げてた。
で、彼女を思いっきり抱きしめた。
二人で泣いた。わんわん泣いた、泣きまくった。
こうして僕らはまた結ばれた。俗にいう「よりを戻す」
というやつ。この間、わずか二か月。彼女は
家に戻って来ることになった。
「なにしとんねん」「バカップルのコントか」
と思われる方々もおるやもしれんが、まさにその通りw
娘にいたっては「アホ過ぎてひくわ!」「パパ甘すぎ」
で、引っ越しにかかった費用や違約金などの事から
「どんだけ、お金どぶに捨てたんや!!」
「戻ってきても、あやまっていらんし、やさしい言葉も
かけたらへんわ」まあ、お怒りはごもっともです。
(もっとも今は何事もなかったかのように接しているけどね)
だが、この事で気づいたぞ。
彼女が僕にとって思っていたよりもはるかに大きな
存在だったことが。
なぜ、急にアロマに興味を持ったのか?
それはこのためやったんやと。
宇宙の采配はまさしく完璧だ。
とんとんさんに今回の件を報告。
「それはすごい。ビックリですね。それから
再婚、おめでとうございます。」
(ちなみにこのことで「このご夫婦、別れてから
すぐにまたくっついたんですよ。おもしろいでしょ。」
とイジられるようになったけどw)
で彼女は今回の事でアロマに興味を持ち、セミナーに参加。
感情解放のセッションでは号泣。
自分を「今まで見えないもので縛っていた」と気づいたとのことだ。ちなみこの時と今では別人かと思うほど見違えるようになったので、このセミナーで一緒やった人が今の
彼女を見てビックリ。
で、年明けて。僕らは婚姻届を出した。その後映画を観た。
内容は「天才的な脳外科医だが、とても傲慢だった主人公が
事故にあい手術のできない腕になってしまう。で、元に戻す
方法を探し求めて”魔法”に出会う。そして、そのマスターから
様々な世界を体感させられて、自分が今まで
「世界のほんの一部を知っただけで、全てをわかったような気になっていた」と気づき、学ぶことになり、そして
大きな闘いに関わっていくことになる」というものだ。
僕もまだまだ記憶に覆われて
「世界のほんの一部しか見てないのかも」と思う。
そして今回の
「この離婚、再婚の事もまた記憶の棚卸」かと。
さて本屋などに行くと「自分を愛する~」というタイトルを
よく目にする。ブログなどでも「他人を満たすのはすてきなことだと思う。でも、その前に「自分を満たしてあげよう」
というのもよく目にするようになった。
テレビにも出ていた(僕はその当時知らなかったが)
ある有名なカウンセラーも
「自分が優先」等とほぼ、自愛と同じような発言をしていた。自愛の世界が確実に広がっているのを感じている。
まあ、でもいろんなスピ系や自己啓発では
「自分がつらいときこそ他人にやさしくしよう」
「某大人気漫画の主人公を見ろよ、他人のために
仲間のためにいつもがんばって、
その結果、ものすごく強くなっていってるだろう」
「自分のためだと発揮できるチカラはしれてるけど
他人のためだったら、いくらでもチカラがわいてくる。
なぜなら自分は一人だけだが、他人は何十、何百もいるから」と利他を説いてる人もたくさんいる。
「利他の整体」の代表も口を酸っぱくして
「自分が救われるから他人を救うんだ」と言ってたなあ。
(まあ、そのため”救わないといけないかわいそうな人”を
量産してしまってるかと思うが)
それはそれで構わない。彼らも完璧だ。
だが思う。
彼らもまた「他者を中継して」「他者を鏡にして」
「他者を通して」
自分を見つめたい。自分を愛し、愛されたい。
結局は全て自分のためにやっていると。
ただ僕は「中継も鏡もなく」ダイレクトに
自分を見つめて愛す、この「自愛の世界」を
選択しただけなのだ。
たしかに自分という存在は一人だ。
だがその一人はけっして、ちっぽけな存在ではない。
なぜなら
その存在は「この世界そのもの」だからだ。
ようやく、この事が実感できるようになってきた。
さて、この振り返ったみた「この出来事」も
すでに過去。もう過ぎ去ったことだ。
だから最後はやはりこの宣言。
「今日までのこの記憶を愛します」
そして
「この記憶を手放します」
終しまいです。

(Kさん)



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2017.09.27 / Top↑
人生を成功させる最大の秘訣は、自分を愛すること=自愛です。
自愛メソッドは、自分を愛することで人生を成功に導くメソッドです。


Love yourself and your soul will guide you.

自愛メソッドの本を書店で本を手に取っただけで泣いてしまったという方も、お1人だけではありません。
Amazonから届いた包みをほどいて取りだしてから3日間泣いていたという方もいらっしゃいます。

また、眠くてなかなか読み進めないとおっしゃる方もいらっしゃいます。
それも記憶が愛されていることによって起きる現象ですので、どうぞ安心なさってください。

自愛メソッドを実践されたみなさまからの、体験談をご紹介いたします。

 ハートの木



8月25日お昼頃【梅田紀伊国屋】で購入しました。
紀伊国屋で本を手に取った瞬間から、激しい頭痛と吐き気がし、本のページをめくることなく購入し、そのまま帰宅しすぐに休みました。
夕方、起きてから本を手に取りページをめくると、‘ヒノキの香り`がしてとにかく心地良くて、ページをめくる毎に、癒されて癒されて、ピンクの空気に全身が包まれた気分でした(感じたままの表現ですので意味不明で申し訳ありません)
とにかく、私は守られているんだ!と言う安心感で幸せな気分になりました。
ただ、本を読み進めても内容が一切頭に入らず、何度も何度も読み返すのですが、何度読んでも頭の中が空白のままで、ヒノキの香りで頭がボーとしている状態でした。
ヒノキの香りの心地良さとは別に、この日から体調・精神面のクリーニングの嵐でした。
起き上がるのもだるく、本を枕元へ置き、横になった状態で、自愛メソッド(ハート編/海馬編/宇宙編)をして過ごしました。

9月に入り体調も落ち着いてきて、
(8月1日より失業中の為)就職活動をはじめ本日『9月18日(火)から採用』の連絡を頂けました。
正直、驚くほどのスピードで決まり信じられず目が点状態ですが・・・

とんとんさん、とっても素晴らしい本をありがとうございます。
これからも、もっともっと自分を愛します。

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~

「幸せを呼ぶ 自愛メソッド」毎日鞄に入れて持ち歩きながら生活しております。

お陰さまで、今月自分の所属するお店の売上が大幅に前年を上回り(15%くらい)最終目標でもある、月の目標予算もいけるのではと社長が大変驚いております(笑)

特に大きな政策はしてなくて、スタッフもお店も完璧!執着と欲はクリーニングだけやっての結果です(*^^*)
本当、全て完璧でした(*^^*)

今の店舗はここ数年売れないと思われていて、実績もかなり悪かった店です。
まだ今月は、日にちが3分の1ありますが、5年ぶりの月予算達成の快挙に向けて、まだまだ自身の記憶の消去が楽しみながら必要みたいです(笑)

今月末にとんとん先生によい報告ができたら幸いです

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最近は、過去に受けた暴力や性的虐待の夢を鮮明に見ます。
自愛メソッドをして眠るのですが、目覚めた時過去を手放せてるんだなと実感します。昔は怖かったり、気持ち悪かったりで訳の分からない感情が吹き出し、自分が嫌いでしょうがなかったのに…不思議です。

自愛メソッドはシンプルですがパワフルです。
きっと日本中の人が幸せを呼ぶことのできるメソッドだと思います。

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熊本コラボ講演会で、とんとんさんのサイン入りの自愛メソッドからヒノキの香りがして、本を手に取った瞬間からエネルギーを感じます。これは、コラボ宇宙エネルギーもプラスされたものかとも、思いましたが、何度も読み返すため、新たにアマゾンで購入した自愛メソッドからもヒノキの香りがして、手に取った瞬間から、手が温かくなり、本から不思議なエネルギーを感じます

自愛メソッドを、何度も読み返し、自分に今、最も必要な文面が、自然と本を開くとメッセージを私に与えてくれます

引き寄せの法則、ホ・オポノポノのエッセンスの凝縮、
人生が苦しいと思うと、因果応報に縛られたり、カルマのせいと思ったりしていましたが、今、この瞬間にしか人は、生きられない。
苦しみは、過去の記憶からくるもの。
執着を手放すこと、そして人間は完璧につくられている。
何度も何度も、この本からメッセージを頂きました。

ホ・オポノを超えましたね
はやく、次の出版を心待ちにしています

熊本でも自愛メソッドで、楽しい人生を送りたいと思っています
とんとんさんとの、ご縁を頂いたことに感謝
これからも、自愛メソッド大切にクリーニングします

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一昨日、実家の両親に手紙を書きました。
あまり細々とは書かず、彼とうまくいってないこと、
彼はとにかく別れたがっていること
2ヶ月、ひとりで家で頑張ったけど
心身共に疲れたから、とりあえず、来月帰りたいと伝えました。

今日届いたそうで、母から電話がありました。

ぐずぐず考え過ぎず、帰っておいで!と言ってくれました。
父は「女同士でお前が電話をしてやれ」と言って畑に行ったそうで
直接話はしなかったのですが
私が決めたことなら、それでいいと言ってくれたそうです。

ありがたくて、ありがたくて、電話口で素直に泣きました。

色々と、クリーニングした記憶もあったけど
やはり、私は両親からいっぱい愛されてたのだと
心の底から感じました。

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とんとんさんの新刊が届いた日、娘の3DSにお茶がかかってフリーズ、ボタンを押しても反応しなくなってしまいました(゚ロ゚)
子供たちにイラっとしつつ、3DSを手にとってクリーニング。その時急に頭にこの3DSちゃんがとんとんさんの「幸せを呼ぶ自愛メソッド」の中にはさまれて置いてあるイメージが飛び込んできました。
「まっさかね~」と思いつつ、一晩とんとんさんのご本にはさんで置いておきました。

翌朝、なんせ私は機械音痴でどうやって動かくのかわからないんで、そっと取り出して娘のカバンの上においておきました。
って、ことをすっかり忘れた夕方、「あれ?これなおっとるじゃん!!!」と騒ぐ子供達・・・(((゜Д゜;)))

とんとんさんのご本、こんなふうに使ちゃってごめんなさい(^◇^;)
でもとっても面白くって、今日このことシェアしちゃいましたアハハ(*´∀`*)

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さて、皆さんへのお願いです。

『自愛メソッド』の体験談を募集しています。
また、皆さんのFacebookやブログ等での体験談の投稿もお願いしたいと思います。

お知らせいただければ必ずコメントさせていただきます。

皆さんの手で『自愛メソッド』を育ててあげてください。
どうぞよろしくお願いいたします。



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