Love yourself and your soul will guide you.


さて、分杭峠を後にして、私たちは、午後から諏訪大社へと向いました。

諏訪大社は、4つの神社で構成されています。すなわち、諏訪湖の南側に上社(かみしゃ)本宮・前宮の2宮、北側に下社(しもしゃ)春宮・秋宮の2宮があるのです。

今回は、あゆみちゃん、スイスさんが「行かなくてはならない」という声がする、秋宮と前宮を参拝させていただくことといたしました。

諏訪大社秋宮鳥居

まずは、諏訪大社の下社秋宮へ参拝させていただきました。

諏訪大社秋宮ご神木

鳥居をくぐると、すぐに樹齢800年と言われるご神木「根入りの杉」があります。

諏訪大社秋宮本殿

そして、巨大な神楽殿の後ろに本殿があります。
(神楽殿を本殿と思い、神楽殿だけを参拝して帰る人もいるようです)

諏訪大社秋宮さざれ石

そして、こちらが君が代に出て来る「さざれ石」です。
なお、「さざれ石」は、岡山の吉備津神社を始めとする全国各地の神社にも存在します。


そこで、お昼ご飯を食べることになりまして、鳥居の前にある「山猫亭本店」へ行きました。
巡礼の旅をしていると、どうしても食事は、クリーニング・ツールの麺類になってしまいます。



諏訪大社前宮鳥居

続いて、諏訪大社の原点とも言われている上社前宮を参拝させていただきました。

一の鳥居をくぐって、そのまま慌てて階段を登らずに、まず右側の奥を見てみてください。

諏訪大社前宮妖精の島

ここに小さな祠があります。これが「溝上社」です。
「溝上社」の祠は湿地のような小さな池に突き出た島の上に座っていますが、太古はこの前に諏訪湖が広がっていたと言われます。当時の諏訪湖は今よりも数倍の大きさがあったと推定されています。

諏訪大社前宮妖精の島祠

あゆみちゃん、恵美さん、スイスさん、そして心ちゃんまでもが「妖精がいる」と言うのですが、私やフランボワーズさんやYさんには何も見えませんでした。

そして、階段を登り、住宅地を抜け、一般道を歩いて、200メートルほど登るとそこに本殿があります。
(神社の参道が一般道になっているのも珍しい)

諏訪大社前宮本殿

ここのパワーはかなり強いものがあります。
人によっては、そばに寄れない人もいるでしょう。

あゆみちゃん曰く「修験道を極めた人でないと近寄れません」とのこと。
私は、前世で修験道の行者をしていたと思われるので、近寄れたのでしょう。

祝詞を奏上すると、やや強い風が吹き、木々がざわざわと揺れます。

諏訪大社前宮妖精の森

結局、本殿を参拝したのは、私とフランボワーズさんだけでした。

その代わりに、あゆみちゃんたちは、本殿の横を流れる小川で遊んでいます。
心ちゃんも大喜びで、「妖精がいる」と楽しそうです。

諏訪大社前宮妖精の森紫

同じ場所を写真で撮っても、なぜかあゆみちゃんが撮った写真だけが紫色になりました。

上流には古墳もあるとのことで、私としては行きたかったのですが、かなり歩くらしいことがわかり、今回は断念することにいたしました。


諏訪大社前宮は、諏訪大社の始まりと言われているだけあって、古の聖地でした。

ご神体として祭っているのは、諏訪地方や安曇野地方で信仰されているミシャグジ神です。
ミシャグジ神とは、竜蛇神、山神、風神、水神、祟り神など様々な神性の集合体であり、大地への自然崇拝が根元となっていたと考えられています。

そういう場所ですから、妖精などがいるのでしょう。

また、諏訪大社は上社前宮、上社本宮、下社春宮、下社秋宮という4つの神社から構成されていますが、前宮が茅野市、本宮が諏訪市、春宮と秋宮が下諏訪町と離れています。

まず最初に諏訪湖の北西の高台に前宮が建てられ、その後、諏訪湖の湖畔に本宮、春宮、秋宮ができたものと思われます。(当時の諏訪湖は現在の数倍の面積があったと推定されます)

そんな古代の諏訪湖の姿を想像していたところ、兵庫県から来ているスイスさんが電車の関係で帰ることとなり、フランボワーズさんが駅まで車で送ることとなって、私たち東京組と別れて、ここで解散することとなりました。


スイスさん、フランボワーズさんの車を見送って、一路、東京へ向かうものと思っていたところ、あゆみちゃんが「どうしても行きたい場所があるのです」と言うのです。

それが『神長官守矢史料館』です。

※神長官守矢家
大和朝廷による日本統一の前の時代、この諏訪の地には洩矢(もりや)神を長(おさ)とする先住民族が狩猟を主体として住んでいた。そこに出雲王国の建御名方神率いる一族が、稲作の技術を持って進入して来た。洩矢族は力及ばず負けてしまう。しかし勝者である建御名方神は洩矢族を諏訪の共同経営者として用い、洩矢族の長を洩矢の神を祭る神官とした。この神官の名前が守矢家であり、現在の神官は78代目である。
歴史的には、神長官守矢頼真が天文11(1542)年9月24日、武田信玄のために祈祷殿に籠って戦勝祈願を行い、高遠頼継の調伏(呪詛)を行ったことが文書で残されている。結果的には、高遠勢は安国寺の合戦で大敗を喫する。なお、高遠家は伊那を本拠地とする一族で、分杭峠はその所領。



私は、なんのことかやらわからないまま、彼女の言う通りに車を『神長官守矢史料館』へと向かわせました。

場所は、諏訪大社の前宮と本宮の中間あたりでしょうか。
車を駐車場に停めて、資料館へと歩いて行きました。

「ブルー・ソーラー・ウォーターを持っていきなさい」という声がしたのですが、資料館には必要ないだろう、とつい頭で考え、心の声に従いませんでした。

資料館は、月曜日ということで、休館日となっていました。
後で、考えてみると、それが良かったのです。そうでなければ、資料館を見学して帰ってしまったかもしれないのです。

あたりを見回すと左手に建物があります。

守矢資料館祈祷殿

それが守屋家の祈祷殿です。
私は、割と鈍い方ですが、その私でも頭がくらくらするような強い力を感じます。私同様にん鈍いと言っていたYさんもかなり感じていたようです。敏感なあゆみちゃんや恵美さんは、もっと感じていたようです。

守矢家

そして、その隣に守屋家の当主の家でしょうか。
この建物も何かが封印されているような強い力を感じます。

私たちがここに来たのは、このためではない、何をすればいいのだろうかと思い、ふと庭の奥に目をやると、祠らしきものがあります。

守矢資料館ミシャグチ総社

それが御頭御社宮司(おんとうミシャグチ)総社というミシャグジ神を祭った総本山とも言うべき祠だったのです。

諏訪大社の御神体の源とも言える、ミシャグジ神を祭った総本山とも言うべき場所にしては、余りに淋しすぎる気がいたしました。なぜ、このようになってしまったのでしょうか。

私は、頭がクラクラするような強いパワーを感じながらも、祝詞を奏上させていただきましたが、心の中の霧がなかなか晴れません。

御頭御社宮司(おんとうミシャグチ)総社

すると心ちゃんが「おみず。おみず」と言うのです。

私は、慌てて車まで戻り、ブルー・ソーラー・ウォーターを持って戻って来たのです。

そして、祠の前を流れる用水路にブルー・ソーラー・ウォーターを流したのです。
そして、みんなで、祠に向って、心からの愛を送ったのです。

すると、心の中の霧が晴れて行くのを感じたのです。


今回の「松本講演会&セミナー」レポートは、これで終わりますが、後日、とても疑問に思ったことがありました。

それは、なぜこのようなことが続いたのだろうかということです。
今までの神社参拝とは、明らかに異なったからです。

安曇野の穂高神社にせよ、分杭峠のゼロ磁場にせよ、神長官守矢史料館の御頭御社宮司総社にせよ、みな人間の側に落ち度があり、なぜこんなになっているのだろうかとつい考えてしまっていました。


しかし、よく考えてみると、それもすべて私の記憶です。
私の心の中の汚れや曇りがそういう場所へ私を導くことになる原因となったのです。

そこで、私は、自分の心のなかにある、淋しさや欲望と真摯に向き合うことにいたしました。
それは、思わず目をそむけたくなるような記憶の再生の連続でした。

自分のことを完全に愛するというところまでには、まだまだ至りませんが、自分自身を心の底から愛して癒し、あらゆる記憶を消去することをこれからも続けて参ります。



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2011.06.28 / Top↑